(3月特集)ボラード病 (文春文庫)/吉村萬壱(著)

2020/03/17 (Tue)

誰もが立ちすくんだあの日から9年。
いまだから読みたい本――3.11後の日本

B県海塚市は、過去の厄災から蘇りつつある復興の町。皆が心を一つに強く結び合って「海塚讃歌」を歌い、新鮮な地元の魚や野菜を食べ、港の清掃活動に励み、同級生が次々と死んでいく――。
集団心理の歪み、蔓延る同調圧力の不穏さを、少女の回想でつづり、読む者を震撼させたディストピア小説の傑作。
(解説・いとうせいこう)
「誰も触れたがらないきわどいポイントを錐で揉みこむように突いてみせた、とびきりスキャンダラスな作品」(松浦寿輝)
「この作品に描かれた社会が、近未来の日本に現れないことを願っている」(佐藤優)
「世界をありのままに感じることがいかに困難であるかを描きだした魂の小説」(若松英輔)

行政が中心となって特産品を推奨し、地元愛と市民の絆を強制する町
災害から徐々に復興している海沿いの町・海塚町。小学5年生の恭子は日々の生活に普通とは違う何かを感じているが、その正体がわからずにいる。母からちょっとしたことで怒られ、人々は「海塚讃歌」を歌い、子どもたちは次々と死んでいく。迎合すれば楽なのだと、気づいてしまったあとの道が拓けるような感覚。一丸となって活動することが絶対的に正しくて、疑ってはいけないのか?という根源的な課題。そこから逸脱する市民は迫害を受ける。 ディストピアでありながら、視点を変えればユートピアでもある恐さ。子どもの言葉で語られる、得体の知れない圧力の恐ろしさ。この国そのものに向けた皮肉と警鐘に思えてならなかった。
芥川賞作の『ハリガネムシ』もそうだったが、本作ではなお一層に暗鬱な世界が描かれる。作中に明示されているわけではないが、これは明らかに東日本大震災後の光景である。設定されている海塚は架空の市だが、もはや日本中のどこであっても成立してしまうところに、一層の恐怖がある。個性的で不器用な小学生の女の子の、シニカルな目線で語られる物語は、ユーモアがありつつも最初からどこか不穏で、それが次第に、子供の目線故の情報の少なさで、恐ろしい事実だけが積み重なっていき、終盤の清掃のシーンはゾッとしました。もちろんすごくデフォルメしたディストピアなんですけど、なにか、口当たりの良い言葉なんかがきっかけで、簡単にこれに近い状態に転んでしまう危うさを、今の世の中は抱えているようにも思えてしまい、単純にスリルを楽しむような気持ちになれない不気味さがありました。手法としては小学生の女の子の手記のスタイルを取るが、この世界を了解することと、し得ない年齢にいることのジレンマの中に巧みに主題を内包させるものであり、これは大いに成功しているだろう。ただ、終章(成年となった主人公の語り)は、説明的に過ぎるかと。インパクトの強さは『ハリガネムシ』よりこちらの方が強く、吉村の別な一面を見た感じです。東日本大震災をこんな形で書くのは、強烈です。全体がなんとなくぼやけているようで、実は鮮明な言葉が突き刺さる感じですね。
吉村萬壱[ヨシムラ・マンイチ]…小説家
1961年2月19日。愛媛県松山市で生れ、大阪府大阪市・枚方市で育つ。京都教育大学教育学部第一社会科学科卒業。1997年、「国営巨大浴場の午後」で第1回京都大学新聞社新人文学賞受賞。2001年、「クチュクチュバーン」で第92回文學界新人賞受賞。2003年、「ハリガネムシ」で第129回芥川龍之介賞受賞。東京都、大阪府の高校教諭・支援学校教諭を務めていたが芥川賞の賞味期限は10年しかない」と知り合いの編集者に言われ、退職して作家専業となる。2016年、『臣女』で第22回島清恋愛文学賞受賞。
SFの影響を受けた、退廃的かつ破壊的な作風が特徴。漫画家のTHE SEIJIは双子の弟。
┣📳吉村萬壱 (@yoshimuramanman) - Twitter
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▲『クチュクチュバーン』2002年8月、文藝春秋、のち文庫 2005年
┣クチュクチュバーン(『文學界』2001年6月号)
┣人間離れ(『文學界』2001年11月号)
┣国営巨大浴場の午後(文庫版のみ収録)
▲『ハリガネムシ』2003年8月、文藝春秋、のち文庫
┣ハリガネムシ(『文學界』2003年5月号)
┣岬行(文庫版のみ収録/『文學界』2004年3月号)![]()
▲『バースト・ゾーン 爆裂地区』(書き下ろし長編)2005年5月、早川書房、のち文庫![]()
▲『ヤイトスエッド』講談社 2009 のち文庫化
┣B39(『文學界』2007年1月号)
┣B39-II(『群像』2007年3月号)
(イナセ一戸建て、鹿の目、ヤイトスエッド、不浄道)
▲『独居45』文藝春秋、2009年9月![]()
▲『ボラード病』文藝春秋、2014年6月 のち文庫![]()
▲『臣女』徳間書店、2014年12月
▲『虚ろまんてぃっく』文藝春秋 2015![]()
▲『生きていくうえで、かけがえのないこと』(エッセイ集)亜紀書房 2016芥川賞作家が漫画を描いた!
▲『流しの下のうーちゃん』(漫画)文藝春秋 2016
25年間続けた教員を辞めた。これで小説を書く時間はたっぷりできたはずなのに、惰眠を貪るばかりで、執筆は一向に進まない。書けない日常から、思考はいつしか逃避をはじめ、気づけば異界の入口へと招かれていた。作家の日常と足取りをたどるうち、深遠なる世界に足を踏み入れる異色漫画作品!
①②
③
④
⑤
①『うつぼのひとりごと』亜紀書房/2017
②『回遊人』徳間書店/2017
③『前世は兎』集英社/2018
④『出来事』鳥影社/2019
⑤『流卵』 河出書房新社/2020
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居候(『群像』2005年7月号)
夏の友(『文學界』2006年2月号)
指定席(『小説現代』2007年1月号)
深海巡礼(『小説現代』2007年6月号)
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