FC2ブログ
2021 03 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30. »  2021 05

アニメ「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」を私はこう見る!

kage

2013/09/09 (Mon)

pick Up!

あの花2あ1


長井龍雪監督×岡田磨里脚本×田中将賀キャラクターデザインという『とらドラ』のコンビが再び組んだ、ファンタジックでちょっぴりホロ苦い青春ドラマ。

”過去”のわだかまりを払拭できないまま、今も自分の青春に向き合えずに青春期を迎えた5人の幼馴染。

しかしそんなある日、仲間の中心人物がったものの、今では引きこもりとなってしまった青年・仁太の前に、幼馴染みの少女・めんまが現れる。しかし彼女は数年前に他界し、その出来事こそか彼らのわだかまりだったのだ・・・・。

”超平和バスターズ”の名の下、幼き日々を過ごした若者たちが、それぞれ抱える秘密と過去の呪縛から徐々に解き放たれていくのか…。




↑ポチって押して頂けると励みになります。

Arika報告書v

このアニメのテーマを私はこう見た!


この作品は、青春時代に追った傷をどう克服していくかという話だったのではと私は思っています。

人は過去を変えることは出来なくとも、変えられない過去を踏まえた上でやり直すことは出来ます。

そんなやり直しの機会として、超平和バスターズの基地は存在し、同じ傷を抱えた者達がこの夏に再び集ったのは必然であり、とても意味のあることだったのだと思うのです。

人は生きていれば、傷の一つや二つあるものですが、時間の経過とともに傷は消えはしないであれ、少しづつ風化していき、自分に折合をつけていきながら、人は生きていきます。

しかし、彼らの傷であっためんまはみんな、特に仁太の前に現れました。過去の傷がえぐり出された事で、幼少時代から成長した彼らは悩みますが、でもその悩みは結局は幼少時代と全く変わらないものでした。

でも逆にいえば、過去の傷を克服できる、前に進める最大のチャンスを与えてもらったともいえます。

最終話、ついに超平和バスターズはめんまを見つける事ができましたね。

それぞれに自分の本心を隠し続け、そしてやっと本心をさらけ出した事で一歩進められたのではと思うのです。

これまで本心を隠し、自分と向き合わなかった彼らがようやく前を向いた事でめんまを見えることが出来た!

つまり、めんまはみんなの時間を進めるためにやって来た使者(死者)だったのではないか、そしてめんまは身をもって、超平和バスターズに未来への道を指し示し自分の役目を終えたのだと考えています。

あの花あ


あの花の名の『あの花』とは何か?


素直に受け止めれば、きっと、われすなぐさのことなのだろうと推測します。

物語は仁太の「俺たちはめんまの願いを叶え続ける」という言葉で締めくくられていました。

では、めんまの願いとはなんだったのでしょうか・・・。

われすなぐさの花言葉は「忘れないで」であります。

まさにめんまの真の願いとはそれなのだろうと考えます。

幼き日の楽しく過ごした思い出、そしてその繋がりをいつまでも心の奥に残り続けて欲しい・・・という願い。

では、めんまとはみんなにとって、どんな存在で、あの夏にめんまが現れたのはどんな意味があったのだろうか?と考えてみたところ。あくまでも私個人の推測ですが、めんまは、みんなにとっての良くも悪くも縛り続けた「母性」的存在ではなかったのかという事と、めんまはあの夏に現れ、過去の傷をえぐるり、本心をさらけ出し、そして「生まれ変わる」事で、みんなを自分から解放させたかったのかもしれしれないという結論に至りました

縛り続けた「母性」からの解放、それは「乳離れ」ともいえるでしょうし、あるいは「めんま」という幻想から解放され、みんなが地に足を付けてこれから歩み生きる事でもあるのだと思うのです。

この物語は青春の傷からどう立ち直り、再生していくかが大きなテーマであり、めんまが残してくれた宝物みたいな大切な想い出を胸に抱きつつ、未来へと生き続ける彼ら。そして、これから訪れるであろういくつかの現実との戦いの中できっと大きく成長してくれるだろうというエールにも似た願い。

めんまの「忘れないで」という願いも含めて、絵コンテ音楽共にうまく長井監督は演出していたと思うし、何よりも仁太らと同世代の若者がこのアニメを見る事に意味のある作品だったと思います。


あの花1あ



演出や絵コンテを見てて私が気付いた事。

長井龍雪監督×岡田磨里脚本×田中将賀キャラクターデザインといえば『とらドラ』を思い出します。

以前、長井監督がご自身の作品について、演出でこだわっていることはありますか?の質問に…。

「いちばん重要なのは、自身が面白いと思うかどうかです。肌触りというか雰囲気というか、脚本家の方にはすごくふわっとしか伝えられなくてご迷惑をかけているところも多いと思うんですけれど、その話を聞いた時に、なんとなくイメージが浮かぶといい感じに作れます。イメージが浮かぶとは頭の中でひたすら話を動かしてみて、ハマる瞬間を探すという感じです。」

それをふまえて、『あの花』と『とらドラ』を見比べてみると『とらドラ』よりも気持ちテンポが早く感じました。話数が進んでいくと、歌や音をふまえて、変化していく部分もありますが、この二つのアニメの第1話だけ見比べてみたらそういったテンポの違いが見えてくるだろうと思います。

例えば『あの花』第1話に関してだったら、最後に仁太が走り出すところ。EDテーマが流れてくるんですけれど、先に描いたであろう絵コンテのリズムが、最初から「secret base~君がくれたもの~」の曲を想定して作ったみたいに見事にハマっていた事に気付きます。そして最終話のときも、モノローグまで含めて、最後の仁太のセリフで終わるという見事なテンポの終わり方・・・。つまり、これが長井監督が言うところの『ハマる瞬間』なのだと思うのです。

そして、絵コンテに注目して観察してみると、各キャラクターがどういう感情の経路を辿って泣くのか、泣かす芝居はどう見せたらいいのか、涙そのものを絵として描くにはどうしたらよいのか、物語の本筋とは別のテーマとして『涙』そのものをアニメとしてどう扱うのか?というそんな問題提起をこの作品は指し示したのかもと思うのです。

そして長井龍雪監督×岡田磨里脚本×田中将賀キャラクターデザインコンビはそれぞれの演出で「涙」とは何かを提起し、そしてその答えに関して、視聴者それぞれに委ねたのだろうと思うのです。

作り手側は作り手側の答えがあるでしょうが、それはあくまでも作り手の答えであり、何より大事なのは私達自身なりの真実の答えを探り見つける事にあるのだろうと思うのです。

ただただ「涙」にこだわりぬいてコンテが作られたからこそ、この作品はきちんとゴールできたのだと思うのです。

この作品はスタッフ・作り手のとてつもない頑張りが終始伝わってきた内容だったと思いますし、2013年夏に劇場版として公開され事からも、何年経っても我々の心に残るであろう印象深い作品となった事だけは確かです。


あの花3あ1



関連記事
スポンサーサイト



コメントフォーム

kage


URL:




Comment:

Password:

Secret:

管理者にだけ表示を許可する

この記事へのトラックバック