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(全国妖怪文庫・第4弾「東西で比較!ご当地妖怪文庫ガイド」)もののけ、ぞろり /高橋 由太

kage

2014/10/07 (Tue)

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日本人の妖怪愛は限りなく深い。

歴史を見れば、古代から連綿として、絵に物語にと妖怪を愛し続けてきたのである。

そんな妖怪ダイスキDNAを呼び覚ましてくれる文庫本を紹介しよう。

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各地で生まれ、語り伝えられ、その地域の特徴を映す妖怪たち。

第2弾では、東西各地に伝わる妖怪をディープに知る文庫をご紹介。



アイコンりす今回のBook案内人・・・・Arika


西日本編


古代から近世にかけて日本の中心であった上方、古代王朝が存在したといわれる出雲、そして本土とは異なる歴史を歩んできた沖縄。悠々の時を刻んできた土地に生まれた妖怪たちが見せる万華鏡のような物語の美しさ、おもしろさを堪能しよう。


(全国妖怪文庫・第4弾「東西で比較!ご当地妖怪文庫ガイド」)・・・河内国(現・大阪府)
 もののけ、ぞろり /高橋 由太

もののけ、ぞろり (新潮文庫)もののけ、ぞろり (新潮文庫)
(2012/10/29)
高橋 由太

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Arikaアイコン(小)1 大阪夏の陣の勝敗を決したのは妖怪!?

戦国時代の終わりを決定づけた大阪夏の陣。徳川と豊臣の命運がかかった戦の裏では、化け物たちが暗躍していた! 宮本武蔵の弟子・伊織は、白狐になってしまった弟・鬼火を元の姿に戻すために旅をするが、淀殿が外法成就のために鬼火の血を狙っていると知り・・・・。文庫描き下ろしの新感覚戦国妖怪小説。






■主な『河内国』(現・大阪府)の妖怪

姥ヶ火、姥火(うばがび)
河内国(現・大阪府)や丹波国(現・京都府北部)に伝わる怪火。寛保時代の雑書『諸国里人談』、井原西鶴の雑話『西鶴諸国ばなし』、江戸時代の怪談本『古今百物語評判』、『河内鑑名所記』、鳥山石燕の妖怪画集『画図百鬼夜行』などの古書に記述がある。『諸国里人談』によれば、雨の夜、河内の枚岡(現・大阪府東大阪市)に、大きさ約一尺(約30センチメートル)の火の玉として現れたとされる。かつてある老女が平岡神社から灯油を盗み、その祟りで怪火となったのだという。

河内に住むある者が夜道を歩いていたところ、どこからともなく飛んできた姥ヶ火が顔に当たったので、よく見たところ、鶏のような鳥の形をしていた。やがて姥ヶ火が飛び去ると、その姿は鳥の形から元の火の玉に戻っていたという。このことから妖怪漫画家・水木しげるは、この姥ヶ火の正体は鳥だった可能性を示唆している。この老女が姥ヶ火となった話は、『西鶴諸国ばなし』でも「身を捨て油壷」として記述されている。それによれば、姥ヶ火は一里(約4キロメートル)をあっという間に飛び去ったといい、姥ヶ火が人の肩をかすめて飛び去ると、その人は3年以内に死んでしまったという。ただし「油さし」と言うと、姥ヶ火は消えてしまうという。




美女に化けて妻帯者や恋人のいる男へ言い寄ってくる狐の妖怪。西日本、特に中国地方に多く伝わる。おさん狐は痴話喧嘩を好み、嫉妬深い一面がある。現代において、恋路を邪魔する女性や浮気相手の女性に対し、蔑称として女狐と呼ぶ場合があるが、このような呼称はこの妖怪が発祥とされている。大阪府北河内郡門真村(現・門真市)では「お三狐」という表記を当てており、執念深い性格とされている。


負われ坂(おわれざか)
大阪府南河内郡。夜にある坂を通ると「おわれよか、おわれよか」という声がするので、気丈な男が「負うたろか負うたろか」と言うと、松の株太が乗りかかった。家に帰ってナタで割ろうとすると、古狸が正体を顕わして詫びたという。


葛の葉(くずのは)
伝説上のキツネの名前。葛の葉狐(くずのはぎつね)、信太妻、信田妻(しのだづま)とも。また葛の葉を主人公とする人形浄瑠璃および歌舞伎の『蘆屋道満大内鑑』(あしやどうまん おおうち かがみ)も通称「葛の葉」として知られる。

村上天皇の時代、河内国のひと石川悪右衛門は妻の病気をなおすため、兄の蘆屋道満の占いによって、和泉国和泉郡の信太の森(現在の大阪府和泉市)に行き、野狐の生き肝を得ようとする。摂津国東生郡の安倍野(現在の大阪府大阪市阿倍野区)に住んでいた安倍保名(伝説上の人物とされる)が信太の森を訪れた際、狩人に追われていた白狐を助けてやるが、その際にけがをしてしまう。そこに葛の葉という女性がやってきて、保名を介抱して家まで送りとどける。葛の葉が保名を見舞っているうち、いつしか二人は恋仲となり、結婚して童子丸という子供をもうける(保名の父郡司は悪右衛門と争って討たれたが、保名は悪右衛門を討った)。童子丸が5歳のとき、葛の葉の正体が保名に助けられた白狐であることが知れてしまう。次の一首を残して、葛の葉は信太の森へと帰ってゆく。

『恋しくば尋ね来て見よ 和泉なる信太の森のうらみ葛の葉』

この童子丸が、陰陽師として知られるのちの安倍晴明である。

保名は書き置きから、恩返しのために葛の葉が人間世界に来たことを知り、童子丸とともに信太の森に行き、姿をあらわした葛の葉から水晶の玉と黄金の箱を受け取り、別れる。数年後、童子丸は晴明と改名し、天文道を修め、母親の遺宝の力で天皇の病気を治し、陰陽頭に任ぜられる。しかし、蘆屋道満に讒奏され、占いの力くらべをすることになり、結局これを負かして、道満に殺された父の保名を生き返らせ、朝廷に訴えたので、道満は首をはねられ、晴明は天文博士となった。



古戦場火(こせんじょうび)/古戦場の火(こせんじょうのひ)
日本の伝承にある鬼火の一種。鳥山石燕の妖怪画集『今昔画図続百鬼』や怪談集『宿直草』などの江戸時代の古書に記述がある。多くの人間が死んだ戦場に、数え切れないほどの鬼火の集団となって現れ、ふわふわと宙をさまよう[1]。戦場で命を落とした兵士や動物の怨霊とされている。『今昔画図続百鬼』では、死者の血が地面に滴り、そこから発生するとされている[1]。成仏できない怨霊が生者に害を成す話は多いものの、古戦場火は人に害を成すことなく、ただ宙を飛び回るだけと言われているが、これに遭遇した人は念仏を唱えながら帰ったという。ときには怪火とともに、首のない兵士が血みどろの姿で、自分の首を捜してうろつく姿も見られたという。

『宿直草』にある怪談「戦場の後、火燃ゆる事」によれば、大坂夏の陣で豊臣家が徳川家に敗れ、無念の思いで殺された豊臣側の武士が成仏できずに古戦場火となり、戦場となった河内国若江を漂うようになったという。若江で人々が夕涼みをしていると、田の上に1.5メートルほどの大きさの怪火が数個固まり、現れたり消えたりを繰り返しつつあちこちへ移動しており、まるで何かを探してうろつき回っているようだったという。

『宿直草』には「古戦場火」の名は見られず、この怪火のことは単に「火」とのみ表記されている。「古戦場火」の名は石燕が『今昔画図続百鬼』において、合戦のあった場所に現れる怪火の総称として命名したものとされている。



白坊主(しろぼうず)
日本各地に伝わる妖怪の一つ。一般には白い坊主姿の妖怪とされるが、地方によって様々な伝承がある。

大阪伝承は、南部では、夜道で人が出遭うといわれるのみで、それ以上の具体的な話は残されていない。タヌキが化けたものという説があるが、定かではない。大阪の和泉では目・鼻・口・手足のはっきりしない、絣の着物を着た全身真っ白な坊主とも、風船のように大きくて丸い妖怪ともいい、いずれも人を脅かすだけで危害を与えることはない。キツネが化けたものともいうが、土地の古老によれば、この地方のキツネは藍染めの縞模様の着物を着て現れるため、キツネではないという。見越入道に類するものとする説もあるが、見越入道のように出遭った人間の前で背が伸びてゆくといった特徴は見られない。のっぺらぼうの一種とする説もある。


二恨坊の火、仁光坊の火(にこんぼうのひ)
摂津国二階堂村(現・大阪府茨木市二階堂)、同国高槻村(現・同府高槻市)に伝わる火の妖怪。3月から7月頃までの時期に出没したもので、大きさは1尺ほど、火の中に人の顔のように目、鼻、口のようなものがある。鳥のように空を飛び回り、家の棟や木にとまる。人間に対して特に危害を加えることはないとされる[1]。特に曇った夜に出没したもので、近くに人がいると火のほうが恐れて逆に飛び去ってしまうともいう。








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