(第153回芥川賞受賞作品特集!④)朝顔の日/高橋弘希(著)

2015/07/23 (Thu)

芥川龍之介の名を記念して、直木賞と同時に昭和10年に制定された。
芥川賞…”純文学”を対象とした作品。
各新聞・雑誌(同人雑誌を含む)に発表された純文学短編作品中最も優秀なるものに呈する賞。
■芥川賞選考委員
小川洋子、奥泉光、川上弘美、島田雅彦、高樹のぶ子、堀江敏幸、宮本輝、村上龍、山田詠美(敬称略)
第153回芥川賞候補作
新潮 2015年 06 月号 [雑誌]/新潮社

¥930
Amazon.co.jp
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●内容紹介
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高橋氏はデビュー作『指の骨』で第28回新潮新人賞を受賞し、同作は152回芥川賞候補作品にも選ばれる等、現在純文学の世界で高く評価されている人物だ。本作でデビューから2回連続の芥川賞候補作となった。
今作『朝顔の日』は『指の骨』と同時期、つまり先の大戦の最中を時代背景に設定し、舞台を青森に移し戦中の結核病院を舞台に、結核に冒された妻を看病する主人公の周囲に蔓延る不穏な空気。常に「死」というものが付きまとう当時の結核病院於いて「生」あるものの「死」「死」の向こう側にある「生」を、見事な文体で書き切った作品となった。
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幼馴染の妻を気づかう夫の内面を克明に、
銃後の中で静かに過ぎていく夫婦の時間を丁寧に綴り、
多すぎず少なすぎず、言葉を吟味し的確に簡潔に描いている。

『昭和十六年、青森。糸屑のような結核菌に蝕ばまれてゆく妻の命に、男は死の奥の生を確かに見た。最注目新人のデビュー第二作!』
時代背景は前作『指の骨』より少し前の日中戦争の只中であり、中国での戦線拡大による英米との関係悪化、夏には武力南進も国策として決定される等、少しずつ世間に暗い影を落しつつあった頃、主人公の凜太も「徴兵検査」を受ける年齢となり、いつ兵隊に取られてもおかしくない世情だけに、幼なじみの早季との結婚を急いだ。
その半年後に凜太は「教育徴収令状」を受け取り入営をするが、戦地に送られる前、入営後70日程で虫垂炎を患い除隊となる。
三ヶ月ぶりに帰郷すると、妻は伏せっており病院で診察を受けた結果は「TB」つまり結核に罹っており、山深い病院へ入院することになった。
当時の日本は栄養状態が悪いためか、他の先進国と比べると結核による死亡率は高く「死の病」とも言われていたが、担当医はその先進的な考え方から「結核菌」はただの「菌」であり、死に至る怖ろしい伝染病ではないと強調する。担当医から見せられた妻の病理診断のための顕微鏡写真には、白血球や酵素に混じって「赤い糸屑」が写っており、それが「TB(テーベ)」と呼ばれる結核菌の細菌であった。物語を通じてこの「糸屑」が何かしらの隠喩・暗喩といったメタファーとして頻出することになる。
青森の山深い地に隔絶された広い敷地を持つ「病院」で、妻・早季の看病をしながら、主人公の凜太は「死の深層にある生」「生と表裏一体の死」というものを見つめながら物語は進行していく。
前作『指の骨』でも見られた「死の深淵にあるもの」「死を覚悟した者が持つ特有の明るさ」「昨日まで元気にしていた者の突然の死」と言ったものが前作ほどストレートではないものの、本作にも通底したテーマとして扱われている。また主人公が医師から「血液型」を聞かれ、妻と異なることが分かり、主人公が精神的な支えだけではなく、もっと直接的、物理的に妻の役に立てないもどかしさ、無力感、微妙な距離感を感じてしまう辺りは、前作でも垣間見られた手法だ。全体を覆うのは暗い影であるのに、夫婦相互の思い遣りや、両家族や知人との関係が暖かく、行間には哀しみとともに木洩れ日が微かにさしている。義理の兄と自分の姉の想い、そして五味の主人公の父への気持ちが、抑えているのにもかかわらず、彼らそれぞれのレゾンデートルともいうべき芯の強さをうみだしている。
そして戦地中国へ出征している友人から、戦地の様子を克明に記した内容の定期的に届く手紙。
そこでも病で除隊となってしまった己の無力を暗に示している。
ここでは、主人公の感情の発露やストーリーの抑揚を抑えて表現しながらも、主人公の周囲に忍び寄る様々な「不穏な空気感」といったものを、読む者に確実にひたひたと感じさせていく。
戦時中の結核病院モノと聞くと読む者を身構えさせがちだが、淡々と進んでいく直接的ではない文体・表現方法に高い文学性、著者の世界観の描き方に著者・高橋氏の巧みさを感じる。当時結核は患者の半数が亡くなる不治の病だった。大人しく優しい夫が見舞う妻は穏やかで静かに安静を守っているが、幼い頃からの生き生きとした明るい少女の面影を彷彿とさせる様子があちこちに見られる。舞台は結核患者を収容するサナトリウム。淡々に行われる医者の施術、患う病人にお構い無く自然に咲き誇る花、池の鯉の躍動感を描写することで、生と死の境目を読む者は目にする。美しい自然の描写と病や戦争に寄り添う死の影の混在と対比が淡々と抑えた文章で描かれるが、その静けさ故に耳をすまし目が離せなくなる感じがする作品である。著者の淡々としたストーリー進行と主人公の心象風景の描き方は、文体そのものの直截的リアリズムよりも、その事象をメタファーとして読む者の心の深淵に訴えかけてくるものがある。
前作「指の骨」を読んだときは、「戦争のリアルが感じられない」と感じたが、今回は直接的な戦争、戦地ではなく、まだ戦争が遠い存在だった地方の結核療養所を舞台にしているからか、むしろリアリティがあるように感じて、物語がストンと心に入ってきた。昭和16年を見事に立ちあがらせ、幼馴染の妻を気づかう夫の内面を克明に、銃後の中で静かに過ぎていく夫婦の時間を丁寧に綴り、多すぎず少なすぎず、言葉を吟味し的確に簡潔に描いている。また文の読みやすさもさることながら、出てくる言葉の必然性を感じさせた。前作では一部で批判のあった物語のエンディング、締めくくり方がとっても静謐な美しさです。
ちなみに表題でもある「朝顔」はこの新婚夫婦が小学生時代に実習で植えた朝顔が凜太が植えたものはすぐに枯れてしまい、早季が植えた朝顔は沢山の花を咲かせ、自分が枯らした分まで早季が咲かせている様な…と、快活だった妻の少女時代を回想するエピソードにも出てきます。
「新人賞より受賞後一作目が重要」というのは文壇に於ける定説でもあるが、デビュー作がいきなり「芥川賞候補作」となった高橋氏の受賞一作目、デビュー二作目当たる『朝顔の日』には文壇・出版界からも注目を浴びることとなったが、本作も素晴らしい作品に仕上がっていました。デビュー作『指の骨』は、先の大戦の南方戦線で島に取り残された野戦病院の兵士達を描いたが、二作目もほぼ同時代を描き、今度は直接の戦地ではなく青森の山深い結核病院を舞台に設定している。さて三作目はどういう作品を発表するのか?、高橋氏の高い文学性が今後どう発展していくのかが楽しみです。
高橋弘希(たかはし ひろき)
1979年青森県十和田市生まれ。文教大学卒業後、大手予備校講師として勤務。また自身が所属するオルタナ系ロックバンドにて、スペースシャワーネットワークよりCDリリース(作詞、作曲担当)。2014年「指の骨」で第46回新潮新人賞受賞。
〈作品〉「指の骨」2014年新潮11月号=第152回芥川賞候補、単行本は15年新潮社刊=第28回三島由紀夫賞候補。
ちょっと珈琲ブレイク

…‥‥…‥‥‥‥‥…★

前回「MとΣ」に比べてその作風の淡々さにやっぱり読む順番も大事だなと痛感しています。
さて本作は昭和16年太平洋戦争直前期の北国の結核病院が舞台。テーベ(結核)にかかり療養中の若妻を見舞う夫の話。ラストがとってもきれいです。高橋さんはこれでデビュー作『指の骨』、二作目『朝顔の日』と連続して「芥川賞候補作品」に選ばれたことになります。もう高橋さんは本当に30代なの?と疑うぐらい著者名知らされずに読めば昭和の文豪のどなたかの作品と畏れ入る才能のがある。これが20年前なら確実に芥川賞を獲っていたでしょうね。ただ、最近は「MとΣ」でもお分かりのように構成の妙や表現の新しさが受賞理由となることも多いので、派手さという点に置いては本作は惜しくも選外になったのかもしれませんね。
ただし、忘れてはならないのは、この作品は先月(2015年6月)発売の文芸誌で発表されたということです。『指の骨』と同じく題材やストーリーは近代文学そのものですが、この世界に馴染みのない読者を引き摺り込むテクやリーダビリティの良さは現代文学。芥川賞を受賞してもしなくても一読の価値ありです★
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