2017 07 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. »  2017 09

(野球を読む)甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実/中村計(著)

kage

2017/07/10 (Mon)

2017年7月の特集本
野球を読む

熱闘!高校野球のシーズンももうすぐだ!!

良い試合は、いつまでも人々の記憶に残っている。

野球ファンなら、感動し、震えた試合が心に刻まれているだろう。

青春のすべてを掛けて甲子園を目指す球児から、野球を職業に選んだプロ野球選手の葛藤まで。

ルールがわからなくても熱くになれる、もとから好きな人はもっと激アツ!になれる、

熱い、アツイ!、”読む野球本”をご紹介。

アイコンりす今回の書籍案内人・・・・Arika

夢は甲子園……、その思いに、

ただひたすらに、一生懸命、3年間を翔ける!

エッセイ&ノンフィクション:-永遠の球児たち-
劇的!甲子園の

 甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実/中村 計(著)

甲子園が割れた日―松井秀喜5連続敬遠の真実 (新潮文庫)/新潮社

¥価格不明
Amazon.co.jp


Arikaアイコン(小)1「甲子園なんてこなければよかった」──
球史に刻まれた一戦、1992年夏、星稜vs明徳義塾5連続敬遠の真実。

松井秀喜が高校球児だった頃、甲子園で5回の全打席、敬遠された試合がある。星稜対明徳義塾戦でのことです。当時の松井は超高校生級のスラッガー。明徳は松井との試合を避け、星稜を打破した。しかし6日後、明徳は広島工業高校に敗れた。松井との勝負を避けた明徳は非難を受け、試合をきっかけに両校ナインには大きな葛藤が生まれた。あれから15年、自らの人生を歩みだした監督や、投手や、両チームの元球児たちが語る葛藤、封印された記憶。高校野球の聖地で、彼らは何を思い、何が行われたのか。球児たちの軌跡を丹念に追ったノンフィクション。

中村計が執筆しようとしたきっかけは「子園なんてこなければよかった」と明徳の選手の誰かが、ひと言こぼしたというのを当時見聞きし、ご自身の高校時代と重なった著者が、自分が高校野球で味わったものと、明徳の選手が同じものを味わったんじゃないか?”彼らの気持ちをわかってやれるのは自分しかいない” という思い、10年後、明徳の選手に会いに行こうと決めます。著者はその思いを胸に、スポーツ新聞社に就職した。そしてフリーになって同書を書こうと決めた。だが高校野球界に人脈は無かった著者は同書の取材相手に、手紙を書いた。電話をして、取材の趣旨を伝えに会いに行き、取材交渉を重ねた。熱意は人を動かす。そして自分も動かした。選手や監督たちのもとを訪れ取材するにつれ、”彼らの気持ちをわかってやれるのは自分しかいない” という思い込むはことごとく崩れていったという。だがしかし本書には、驚くほど正直で、真っすぐな、監督や球児たちのそれぞれの思いが克明に描かれている。取材交渉をはじめてから書き上げるまで、7、8年…スポーツをはじめとするノンフィクションライナーをしながらなので、実質で2年間くらい。取材した録音MDを起こすのに1年以上はかかったとか、そして’07年の夏、『甲子園が割れた日』を出版した。

試合後の明徳義塾の馬渕監督が言った、「我々も高知県代表として負ける訳にはいかない」この言葉は今でも鮮明に覚えてる。星稜の山下監督は野球に純粋やったけど、馬渕監督は勝つ野球に純粋だったのだと思う。確かに高校野球は勝つ事だけが全てではない。だが、甲子園で勝つ為に、甲子園で優勝する為に必死になって練習する子供たちに、どうにかして勝てる作戦をと考え出したのが”松井選手とは勝負しない”という作戦だった。その純粋さを誰が攻める事が出来るのだろうか。選手も必死なら監督も必死に野球に向き合う、その姿を非難中傷する権利は誰にもないはずだ。最初当時のニュースみたら世間的には明徳が悪くて星稜可哀想という印象だけど、読み進めていくと、馬淵監督と山下監督の人間性がすごく滲み出てきて面白い。そしてその時の選手がどうなっているのかも知ることは良かった。それぞれが、それぞれの正義のために戦ったのでしょう。まずあの出来事をここまで深く掘り下げる取材力がすごいなと思った。胸アツなノンフィクションを久しぶりに読んだ。一試合が人生のウエイトの大きくを占めている事に驚く。




関連記事
スポンサーサイト

コメントフォーム

kage


URL:




Comment:

Password:

Secret:

管理者にだけ表示を許可する

この記事へのトラックバック